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2020.09.17

『ちはやふる基金』カレンダー(『ちはやふる』45巻同梱版)発売記念インタビュー(前編)



末次由紀…2007年から「BE・LOVE」(講談社)で『ちはやふる』の連載を開始。2011年に同作品で第35回講談社漫画賞少女部門を受賞。2020年10月13日に『ちはやふる』最新45巻が発売予定。 Twitter:@yuyu2000_0908


たられば…Twitterに生息する編集者、犬、平安朝文学、FGO、『ちはやふる』の大ファン 。Twitter:@tarareba722



■「え、わたしが描いていいの??」 


たられば 小倉百人一首と競技かるたにまつわる青春マンガの金字塔『ちはやふる』にドバっとはまった大ファンであり、Twitterの犬、たらればです、皆さんこんにちは。 


本日は作者である末次由紀先生へのインタビュアーとしてご指名をいただき(ほとんど自ら名乗り出て)、描き下ろしカレンダーへの想いや「イラストとマンガの違い」、最新45巻時点での物語の内容についても伺います。なんと嬉しいお仕事!! 末次先生、本日はどうぞよろしくお願いいたします。


末次由紀(以下、末次) よろしくお願いします。本日はありがとうございます。


たられば いやいやいやこちらこそありがたいです。さてさっそくですが、末次先生にとって「全ページフルカラー描き下ろしのカレンダー制作は初めて」ということなんですが…正直、意外でした。それで今回、『ちはやふる基金』でカレンダー制作の話が出たことで、まずどう思われましたか。


末次 「え、わたしが描いていいの??」という気持ちでした。


たられば か、描いていいの。


末次 「やった! ついにカレンダーが描ける!!」という気分で、当初は「(2カ月に1枚で)6枚くらい」というお話だったんですが、12枚全部描くことに。


たられば 全部。


末次 はい12枚。楽しかったです。



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■「高校選手権が中止になった」とはどういうことか


たられば 今年は新型感染症の影響で、競技かるた高校選手権も中止になるなど、かるた界にも大きな影響が出ました。そうした世の中の状況(の変化)が『ちはやふる基金』の活動に影響を与えた面もあるのでしょうか。


末次 はい、ものすごく落ち込んでしまって、ずっと考えてました。「自分になにができるんだろう」と。特に今回(第42回)の高校選手権の中止は、本当に苦しい気持ちになりました。(『ちはやふる』の登場キャラクターと同じように)高校生の皆さんはこの大会を目指して毎日努力してきたはずなのに、それがなくなってしまうなんて…。もちろん高校生にとっては部活動以外にも大切なことがたくさんあるわけですけど、それでもこんなことがあると、たとえば「受験のことなんて考えられないよ!」ってなっちゃうだろうな…、とも。


たられば 『ちはやふる』ではまさに、高校生でなければ体験できないような青春の日々が描かれています。そうした「かけがえのない日々が奪われてしまった」ということなんだと実感したわけですね。


末次 高校時代って、時間の密度が濃いじゃないですか。それに5対5の団体戦で仲間と一緒に頑張る機会って、卒業しちゃうとなかなかないんですよね。学生時代にしか体験できないことがある。そういう「気持ちの行き場」がなくなってしまったというのは、大変なショックだと思うんです。


たられば 『ちはやふる』を読んで、あの近江神宮(近江勧学館)の舞台に立ちたい、と思ってかるたを始めた生徒も多いでしょうしね…。


末次 それで、自分にはやっぱり描くことしかできないんだ、と。


たられば なるほど。『ちはやふる』本編だけでなく、基金を通してなにか力になれればと。


末次 はい。それと、「もし千早だったら、こんなときどうするだろう…」とも考えました。ただたとえばカレンダーの世界に今回のような話(たとえば「感染症でかるたをとれない、人と会えない日々を過ごすことになる状況」)を入れてしまうと、それを見た人は何度も「そのこと」思い出してしまうかもしれない。それはよくない、と考えて、そういう話はスピンアウトとして「ifの世界」で描くに留めました。

(※編集注/末次由紀先生は医師、学者、有識者らが作った「新型肺炎サイコムフォーラム」にイラストを無償提供、また中止となった第42回競技かるた選手権のために(大会自体は中止となったがせめて記念グッズだけはと作成したTシャツ用に)描き下ろしイラストを提供)

https://covid19sci.com/chihayafuru-suetsugu001/

https://covid19sci.com/suetsugu-chihayafuru002/

末次先生の「新型肺炎サイコムフォーラム」イラスト提供に関するツイート


たられば いま、高校生の皆さんに伝えられるとしたら、どんな言葉を贈りたいでしょうか。


末次 そうですね…。百人一首もかるたも、たぶんわたしたちの誰よりも、ずっと長生きなんですよね。いつまでもずっと、そこにある。


たられば たしかに。百人一首自体は800年前からあるものですし。


末次 高校生活の3年間って、一所懸命であればあるほど、渦中にいるときは「これがすべてだ」だとか「もうここで燃え尽きてしまってもかまわない」と思ってしまいがちだと思うんです。だけど、そんなことはないんです。人生は続いてゆくし、かるたも百人一首もずっと「そこ」にある。百首覚えた日々は確実に皆さんの中に積み重なっていて、仲間と一緒に努力した記憶はこの先ずっと、いつでも皆さんに寄り添ってゆくはずです。この日々やこの経験、ここでうっかり燃え尽きなかったことが、いつか皆さんの人生にとって、役立つことがあると思っています。だからいつでも戻ってきていいんですよ、かるたは「そこ」にあり続けるよ、その思い出を胸にがんばってね、と。


たられば うう…はい、ありがとうございます(←勝手に感動しています)。



■「見る人に強い魔法をかけるような絵」


たられば 今回のカレンダーのフルカラー12枚の描き下ろしは、どれもすばらしい絵でした。そこで伺いたいのですが、「イラスト」での1枚画と「マンガ」のコマって、やっぱりまったく違うものですか。


末次 全然違うものだと思います!! わたしイラストが苦手で!


たられば え、は、はい? こ、この美しいイラストで??




末次 あ、いや、ええと、マンガとイラストと比べたら、わたしはマンガのほうが得意なタイプなんだなってずっと思っていて。


たられば あ、ああ、なるほど、やっぱりまったく別ものですか。


末次 もちろん、マンガもイラストも両方とも上手な作家さんもたくさんいらっしゃいます。ただどちらか片方しか得意でない作家さんもいらっしゃって…。わたしは、自分はマンガほどにはイラストが伸び伸びと描けないなと思っていて。


たられば あー…、両方すごく上手い先生、いらっしゃいますよね…。


末次 先日、安野モヨコ先生の展示会(『ANNORMAL)に行ってきたんですけれども、すばらしかったです。あんなにマンガが面白いのに、イラストもすごく魅力的で…。一枚で見る人に強い魔法をかけるような絵があるんだ…と惚れ惚れしました。


たられば 魔法。た、たしかに美しいイラストを見ていると、なんだか魔法にかかったような気分になります。


末次 数年前にわたし、原画展をやらせていただきまして、その時に自分のイラストの力に対して「もっと上手くなりたい」と思って勉強しています。それでもまだまだで…。


たられば ど、どんな勉強を…?


末次 以前「スピーキング」の講演、声を出すことについての動画を見ていたら、そこで「肚(はら)を意識しろ」って語られていたんですね。喋るにしても歌うにしても演技するにしても、「肚を意識せよ」と。で、そのときに、あれ、わたし描いている時に「肚」を意識してないなと思って。頭と腕と肩、上半身だけで描いているなあと。


たられば え…、それは…その、(「どんな絵を描くか」ではなく)ご自身の作画中の姿勢の話ですか?


末次 はい、自分の肚。それで、描く時にもっと「肚」を意識しようと思って。姿勢に注意しだしたんです。そうしたら今度は、描いているイラストの中の、キャラクターの肚も決まってない、ということを感じるようになって。


たられば 気になった。


末次 キャラクターの上半身だけが見えるコマを描いていても、そのコマ枠の外の姿勢と気持ちを気にするようになったんです。この子の肚は決まっているだろうか、どこにどう座って、どこに重心があって、支えている地面はどういう状態で、どんな気持ちでここにいるだろう、と。そうすると、描いているキャラクターにも心と体重がある人間なんだっていうことが伝わるような気がして。


たられば すごい…。なんだか武道家から武道の話を聴いているような気がします。


末次 言葉でも、「肚から出ている言葉」ってあるじゃないですか。


たられば こ、言葉にも?


末次 たとえば先日のオンラインイベント「やさしい医療の世界」で、おかざき真里先生が「慈悲」という言葉を使ってらっしゃいましたよね。「慈悲、という言葉がわからない」と。

参考

https://logmi.jp/business/articles/323268


たられば はい、わたくし、すぐ横で聴いておりました…。


末次 あの言葉は、おかざき先生の「肚」から出ているんだなー…と実感したんですよね。体重が載っている言葉、そういう言葉って耳に残るじゃないですか。簡単に通り過ぎていかないんです。


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 えー…、私、商売柄(編集者をやっております)作家さんと話すことがよくあるんですが、優れた作品を世に出す作家さんって、皆さん言動のどこかに「狂気」(に感じるような話)を孕んでいて、その狂気をコントロールするのが上手いんですよね。正気と狂気を行ったり来たりしている(ように見える)。

 末次先生のお話も、何度も(すごく丁寧でやさしく視野の広い語り口なので油断してしまうんですが)「え…っ!?? い、いまなんと…??」というようなお話があり。

 長くなったので前後編に分けますが、これ、後半では(イラストと演出とマンガの話が中心になるので)さらにこの「狂気」が加速します。まじですげえです。


→後編へ(後編は明日午前11時に公開予定)



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