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2020.06.24

【ちはやふる小倉山杯記念鼎談】楠木早紀・松川英夫・末次由紀3〜永世名人、クイーンから見た『ちはやふる』〜

去る2月23日、第一回ちはやふる小倉山杯開催を記念し開催された、楠木早紀永世クイーン、全日本かるた協会・松川英夫会長、そして漫画家/ちはやふる基金発起人・末次由紀の3名による鼎談の模様をお届けしています。今回は楠木クイーンの強さの秘密と、永世名人、永世クイーンから見る『ちはやふる』の魅力について伺いました。




ー松川会長から見て、楠木さんの強さはどういうところにあると思いますか? 


 松川:川瀬くんや種村くんがかるたを速く取るためにどれだけの研究をしているかということはよく分かるんですけど、楠木さんとは自分で対戦したことがないものですから正確には分からないんです。ただ、かなりしっかりしたかるた、ある意味、究極のかるたを取られているのかなと、そういう風に私は見てました。ただ、川瀬くんや種村くんみたいに人間離れした速さが果たしてあっただろうか、これはやはり対戦してみないとわからないので残念だなと思いましたね。 


 ー楠木さんご自身は、自分の一番の強みはどこにあったと思われますか? 


 楠木:多分、全てが普通なんだと思います。一般的な考え方というか。私は大きなかるた会にも所属していませんし、決まり字も最初になかなか習わないような感じの、本当に小さなかるた教室で、全部の札、歌、和歌を五七五七七ですべて覚えていって、そこから決まり字というものがあるんだよということを教えていただいて、決まり字を覚え、そして”うつしもゆ”が、1枚出たら1字で取れるんだよ、という競技かるたのルールをどんどん習っていったので。相手を攻めるとか自陣を守るとか、そういったかるたがあることを初めは知らず、読まれた札をただ単に淡々と取っていく。だから、大きな会じゃなかったからこそ、読まれた札を相手より先に全部取ってしまえば勝つんじゃないか、と。送り札くらいはちょっとは考えるようにはなったんですけども、駆け引きですとか、セオリーがない中で自分のセオリーを作っていった。一方、トップレベルの選手たちはやはり大きな会に属されている選手たちが多いので、だからこそ楠木は何をやってくるんだろうといったような、ミステリアスなかるたを取ることができたんじゃないかなと思いますね。 


 松川:今おっしゃったことは すごく重要でして、先ほど楠木さんのかるたは究極のかるたじゃないかと言ったんですけど、取ることに対しては究極だと思います。それは私も外から見ててもわかるんです。モニターを通して見ていても、速さという点でわかるんです。でも、本当の速さというのは逃げる速さなんですね。例えば”天津風”という札があった時、”天の原”という札がまだ場にもなくて、読まれてもいなくて、”天の原”と言った時に、”天津風”をどれだけ速く逃げるか。それが対戦してて分かるんですよね。自分より速く取られるのは、たまたまそこに目がいったからだろうと、相手の方がその札に集中してたから取れたんだろうと思えるので、取られることは全然問題ないんです。    

 問題は一緒だったときですよ。”天津風”に気を取られているところで、”天の原”が読まれた時に、自分より先に逃げられるというのはたまらないことなんです。つまり、自分では結構スピードに乗っているんですけど、自分が取るか、取らないか、逃げるか迷ってるうちに逃げられるということは、相手の方が完璧にそれを理解しているわけですから。それが戦ってみるとわかるんですよね。戦ってみると、自分より速いということは、速く取るということじゃなく、速く逃げることなんだということに気がつくんですよ。    

 そして対戦中に、本当にこの速さで逃げられるのかと思うと普通の人だと滅入っちゃうんですけど、私の場合はもう、そういうのにワクワクしてですね。自分の感覚より先に分かってしまう、そういう相手に対して非常に魅力を感じちゃうんです。それについていこうというような感じが、私がかるたに魅せられた理由の一つですね。




楠木:それわかります。相手が、私がふっと手を出した時に取るのは別に何も感じないんですけど、避けたときに”うーん”と笑ってくれるときがあるんですよね。そういう時は嬉しくなります。 


 末次:取られて悔しいという顔をされるよりも、今の逃げ方うますぎじゃないかという感じのほうが嬉しいんですね。 


 楠木:そうですね。それとか前屈みになって笑ってて、うーんと首を傾げてもらうときはすごい嬉しいです。 


 松川:ですから勝負じゃなくても、人と会話しているようなときでも、私の思うことを喋る前に察知しちゃう人っているんですよね。そういう人を見ると物凄い魅力を感じますね。そこまで私に迫ってくるかと思っちゃいますね。 


 ー会長がいま仰ったようなかるたのやりとり、試合のやりとりが、日常や人生とシンクロするような体験というのはありますか? 


 松川:今私がちらっと言いましたことはまさにそのことでして、私がまだ言葉を発していない状況の中で、私がまさにこれから言おうとしていることに対してもう答えている。そういう会話はたまらないですね。それは私もいろんな方と会話をして、ただ単に気が回るということでもなく、もうしっかり私の、ちょっと言い方がおかしいかもしれませんが”脳波”が伝わっているんじゃないかというくらいの思いがその人にあると、もうそれだけで魅力を感じるということがありますね。 


 末次:そういうのはやはり長く付き合ってる友達とかじゃない人でも? 


 会長:むしろ長く付き合ってると、逆にそういうことが邪魔をしちゃう場合があるんですよね。あまりお話しをしない方がさっさと入ってくるとそれだけで魅力を感じちゃうか、私が嬉しいって感じてるのがどこか伝わっちゃうんですかね。いわゆるお話しでの会話でもなくて、空間での会話ができているんだと。むしろそういうことの方が本当の会話な気がしますね。 


 ー松川会長は対戦相手に惚れ込んでしまうことがあるということですが、楠木さんはいかがですか? 対戦中、相手に対してはどのような心理状態になるんでしょうか。 


 松川:それは楠木さんに伺いたいですね。 


 楠木:対戦相手との心理ですか。私は、倒したいと思ったことはないですね。正直言うと、座ってくれてありがとう、並べてくれてありがとう。私は一人でずっと練習してきて、一人取りでずっと極めてきたので、人と取れることが試合なんですよね。みんなが練習としてやっていることが、私にとっては試合であり、試せる場でもあるので。自分が力を披露する相手でもありますし。一人取りしてると、札を並べるのがホントに大変なんですよ。それが試合だと、払って取っているのに相手も並べてくれるじゃないですか。普段は自分でまた並べて、暗記して、ってしてたのが、払って送り札が読まれて並べてても、自分が並べなくて良いからありがたいというのもあります。それに一人でやってると、この速さが本当に速いのかわからないんですよね。常に理想を追求したかるたでしかないので、これが本当に良いものかどうなのかという評価材料でもありますね。 



 永世名人・永世クイーンから見た『ちはやふる』の世界 

ーここから少し『ちはやふる』のお話しも伺いたいんですが、『ちはやふる』の登場によって、かるた界の変化を実感されることはありましたか? 


 楠木:たくさんあります。これまでも競技かるたを題材にした漫画というのはあったんですけども、やはりなんといっても絵が可愛い。そして女子高生の千早ちゃんの青春漫画ですよね。団体戦がメインだけれども、クイーン、名人も出てくる。そして恋もあり、葛藤もありというので、本当にかるた=競技かるたというのが、末次先生のおかげで抜群に認知されるようになりました。私達が学生の頃は、「部活は何をやりたいの?」と聞かれたとき「かるた」と答えようものなら、「なにそれ?」と言われていたのが、『ちはやふる』によって「あ、競技かるたね、かっこいいよね!」と言われるようになりました。子供たちにとっても、かるた=”犬もあるけば棒にあたる”じゃなくて、百人一首になってるんですよね。それがとっても嬉しいです。 


 ー作中で描かれるシーン、特に詩暢ちゃんが葛藤するシーンなどで、楠木さんご自身にも既視感があるなというものはありますか? 


 楠木:おばあちゃんと一緒に、畳の上に一本の線を描くシーンですね。 


 末次:楠木さんのエピソードを伺ったときに、お父さんが畳の上に一本の線を引いて、最短距離の素振りの目安としてくださったという話を聞いて、”畳に描くんだ!”と衝撃を受けました。 


 楠木:それが実際に漫画になっていたりだとか、詩暢ちゃんがいつも一人で孤独な描写ですとか、”あ、わかるわかる!”と思いながら読んでいますね。 


 ー松川会長は『ちはやふる』にどんな感想をお持ちですか? 


 会長:個人的にはですね、先生がお描きになった中で、元永世名人がベッドから起き上がって、新に話してるシーンがあるんですね。あれがちょっと私と被ったところがありました。私ももう少しで80になるんですけど、もういつもあの感じで死にたいなと思ってるんですよ。若い人間がざっと側に寄ってきて、「会長死んじゃ嫌だよ!」みたいな。それでも俺は逝かなきゃならねぇんだ、みたいな。そういうような感じで死ぬのが一番理想的かなと思ってる。それがあのシーンなんですね。やはり最近は親と子とか、おじいちゃんと孫とか、そういう家族の中での縦の絆が薄れてきているのかなと感じます。おじいちゃんが孫になにか教えるというのはあまりなくて、逆に孫に教わっちゃうみたいなことの方が多くてですね。おじいちゃんが今すぐ死んじゃいそうなときに若い人に何かを伝えるみたいな、ああいう感じは昔はよくあったとおもうんですよ。そういうものにやはり、人一倍憧れてまして。ですから、そういう感覚が分かる孫が良いなと。私も孫が4人いますけども、一番上は社会人になって、次が大学4年と3年生。特に3年の子はかるた馬鹿だった私のようにテニス馬鹿みたいになって、テニスだけで大学に入っちゃったりしまして。そういう一つのことをひたむきになにかやって、それでみんなが目指すところにも入れちゃうみたいな。そういう感覚は、やはり私の血なのかなと。つまり好きなことに一生懸命頑張ると。それも、半端にただ憧れるみたいに好きだとかいうんじゃなくて、苦労するから好きなんだと。そういうのが実は私の心にもありまして。    

 その点、あの漫画は苦労した分は必ず返ってくるみたいな、そういうことをちゃんと伝えているのかなと思います。勝負というのはそういうところに一番大事なところがあって、ただ相手と仲良くやることだけ、仲間やサークルを作って和気藹々とすることだけが良い仲間なんだという、最近の風潮はそういうところなんだと思うんですけども、やはり勝負を通じて、何かわからないものをお互いに共有して、それを二人で分かちあったり、ライバルになったり。そういうものの良さを、あの漫画が一生懸命伝えているのかな、それを若い人たちが理解してるのかな。そういった意味で、私は素晴らしいストーリーだと思ってます。 



 ※続きは来週水曜日に公開予定です。お楽しみに!